中場満の痴観妄想(ちみもうそう)コラム

中場満の痴観妄想(ちみもうそう)コラム20


−『あなたは何者? カッカッカッ・・・』−

文/中場満 text= Mitsuru Chuba
----------------------------------------

 


やぁ諸君、ご機嫌いかがかね?

新しい年、2011年の幕開けだ。

昨年は、閉塞感が漂い、
既存システムが崩壊した感があるが、
諸君はどのような一年と感じたであろうか?

いつも言っていることだが、
巷の雰囲気に流されてはいけない。

自分を信じて、愚直に生きようではないか。

さて、2011年も既に1月の半ばだ。

きっと、殆どの諸君が、
神社仏閣へ初詣に出掛けたことであろう。

そして、多くの諸君が、
神様や仏様に感謝を捧げる挨拶をした後、
明るい未来を期待しつつ今年一年の運勢を占おうと、
「おみくじ」を引いたことと思う。

ところで諸君は、引いたおみくじを読んだ後、
そのおみくじをどのようにしているかね?

きっと多くが、境内の木の枝等に結んでいることであろう。

確かに、
読んだ後のおみくじを境内の木の枝に結んでも良い。

だが、家へ持ち帰って何度も読み返してみるのが良い。

つまり、
おみくじに書かれている内容を、
神様や仏様の声として捉ええるのだ。

そして、
自分自身の行動に照らし合わせて日々の生活に生かしていく、
これからの人生の糧にしていくのである。

この痴観妄想コラムを読んでいる諸君は、
全ての内容をプラス思考で捉えることであろう。

きっと、ムフフ・・・と、
一人でほくそ笑んでしまう妄想を楽しんでいることと思う。

そう、妄想は自由だ。

痴観妄想コラムの信者である諸君は、
是非、超一流の『妄想家』という自覚をもって、
今年も妄想道に精進してくれたまえ。

フッ、フッ、フッ・・・

さて、新年最初の痴観妄想コラムだが、
今年もお正月に相応しい不思議な話をすることにしよう。

お正月というのは、なぜだか不思議な出来事に遭遇する。

年の初めということで心が真っ白であり、
様々な事象を感受することに敏感になって、
それを素直に捉えることができるからなのかも知れない・・・

そう、あれは元旦の日のことだ。

例年に比べて、朝早く目が覚めてしまった。

ピーンと張りつめた朝の寒さは感じるが、
心地よく目覚めたので、そのまま起きることにした。

何だか今年は、元旦から縁起が良い感じがする。v
フッ、フッ、フッ・・・

気分良く居間へいくと、既に家族は皆起きていた。

どうやら、私の起床が一番遅いようだ。

いや、私の起床が遅いというより、
家族は寝ないで一晩中起きていたようだ。

皆、瞼が重いらしく、少しボ〜としている感じだ。

そこで、私は閃いた!

今年は、食事の前に初詣へ行こう。

きっと家族も皆、目が覚めることであろう。

というより、朝の目覚めの良さから、
早く神様へご挨拶がしたいという気持ちに駆られていたのだ。

早速、例年通り家族揃って地元の神社に初詣へ出向く。

参道へ向かう道の両脇に建ち並ぶ家々を見ながら、
あることに気付いた。

お正月飾りをする家が少ないのだ。

お正月が終わった後のゴミ処理の問題もあるだろうが、
門松が印刷された紙を玄関脇に貼付するのでは何か味気ない。

効率さを重視するのもよいのだが、
一年間家を守ってくれる歳神様を迎える意味があるのだから、
しめ飾りくらいはけじめとして飾って欲しいものだ。

最近はお正月という風情が薄れたなぁ〜、
そう思いながら歩いて行くと、
やがて参拝へ出向く長蛇の列が続く参道へと突き当たる。

いやぁ〜毎年のことだが、今年も参拝者が多い。

参道の途中からではあるが、
参拝者の列に加わり境内へと向かっていく。

境内へ向かう参道を歩いていても、
着物姿の女性を見かけることが少なかった。

やはり、お正月なのにちょっと寂しい気がする。

そんなことを考えるようになるなんて、
私も歳なのかな・・・

いやっ、それはないな。 それはない!!

うぉっほっん・・・

参道の両脇に出された露店を見ながら、
列の流れを乱さないようにぞろぞろと進む。

境内へと進む人の流れはゆっくりだが、
色々な露店を見ているとそれも苦にはならない。

ようやく境内入口の鳥居の下まで進んできて、
目の前に楼門が見えてきた。

だが、鳥居をくぐって少し進むと、
社殿へ参拝に向かう列は牛の歩みのように、
一層のろのろとゆっくりと進む。

いや、のろのろとゆっくり進むというより、
進んだり止まったりといった方が正確かも知れない。

転倒等の危険防止のため、
この先の楼門の手前で参拝者の入場制限が行われているためだ。

ふぅ〜、あともう少しだ。

鳥居をくぐった先には一軒も露店は無い。

それゆえ、社殿まで進む時間が一層長く感じられる。

人ごみに疲れて少し気が抜けたかのようにぼぅ〜としていると、
「お前さんは、何者じゃ・・・」
という声がしたような気がした。

はっ!として周囲を見渡すが、
声の主らしい人物は誰も見当たらない。

気のせいか・・・

気のせいと思いつつも、
周囲を気にしつつ注意深く聞き耳を立てていると、
周囲の雑音に掻き消されることなく、はっきりと声が聞こえた。

今度は、
「お前さんじゃよ、お前さん・・・」
と言っている。

その声は、ゆっくりとしていて何とも力強く重厚である。

しかも、安心感を与えるような優しい声だ。

今度は、声のした方向が分かった。

素早くその方向へ顔を向けると、
そこには白い和服姿のおじいさんが立っていた。

おじいさんは、
布袋様のようにお腹周りの恰幅が良く、
恵比寿様のような笑顔でこちらを向いている。

背はあまり高くはない。

だが、
背筋がピーンと伸びている凛々しい姿勢のせいか、
妙に大きく感じられる。

その老人がニコニコしながら再度、
「お前は何者なんじゃ・・・」
と聞いてくる。

ちょっと待ってくれ、
いきなり「お前は何者なんじゃ」と聞かれても・・・

少し戸惑いながら記憶を辿ってみるが、
その老人の見覚えが私には無い。

もしかしたら、この神社の関係者なのかなと思いつつ、
老人がいる方へ歩み寄って、
「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
と尋ねる。

しかし、老人はこちらの問い掛けには答えず、
「ほっほう〜、答えられんのじゃな?」
とニコニコしながら言う。

そして、さらに続けて、
「お主は、怪しい者か?」
「カッカッカッ・・・」
と一笑。
まるで、悪党を懲らしめたあとの○戸○門のようだ。

その高笑いに私は少しむっとしたが、心を静めて
「地元の者です。氏子ですよ。」
と答えた。
すると老人は、
「わしもここに住んでおるぞ。」
「それなら、わしとお主は一緒か?」
「それじゃあ、お主が何者なのかわからんな〜」
と返してくる。

私は意地になって、地元の者なら分かるように具体的に、
「○○町五丁目の××の近くに住んでいます。」
と答えた。

すると老人は、
「ふむ、ならば○○町五丁目の××の近くに住んでいる者は、皆お主か?」
「わからんなぁ〜、それで・・・」
と返してくる。

いや〜、これは参った。

まるで禅問答のようだ。

その老人と関わることに私は少し嫌気がさしていたが、
「町内会の役員をしています。」
「この神社へは、毎年夏祭りのときに安全を祈願するための
お祓いを受けに来ているんですよ。」
と答えた。

すると老人は、
「ほっほう〜、町内会の役員をしているんじゃな。」
「お前さんが地域に貢献しているのはわかった。」
「だが、お主が何者かは未だわからん。」
と返してくる。

私は、この先の会話に不安を感じ、
「そうですか。残念ですね。」
「これで失礼します。」と言い残し、
老人に背を向けてその場を立ち去ることとした。

すると老人は、
「自分が何者かわからんとは、情けないの〜」
と一言。

これ以上その老人に関わる筋合いは何もないのだが、
何故だか私は気を取り直して振り向き、
人生観や仕事の内容を老人に伝えた。

誠実に生きるようにしている。
人には公平に接するようにしている。
正しい価値を護るようにしている。
困っている人を助けるようにしている。
自らを律することを心掛けるようにしている。
・
・
・
等々

すると老人は、
「そうか、お前さんのことがよ〜く分かったよ。」
とニコニコしながら答えてくれた。

続けて老人は、
「お前さんは、自分がして欲しいことをしているのじゃな。」
と言った。

何だって?
私は、自分がして欲しいことをしているのだって・・・

???v
老人が言うことを、私が理解できないような顔をしていると、
「お前さんは、人に騙されたくないから誠実に生きたいのじゃな。」
と、まるで私の潜在意識を言い当てるかのように説いた。

そして、さらに続けて、
「お前さんは、差別されるのが嫌だから人には公平に接したいのじゃな。」
「不知で損をするのが嫌だから正しい者の価値を護りたいのじゃな。」
「困っているときに助けて欲しいから困っている人を助けたいのじゃな。」
「周りに迷惑を掛けないように自らを律するようにしているのじゃな。」
・
・
・
と、私の言葉の裏側を言うように老人は説いた。

なっ、何と!

私は、 人に騙されたくない。
差別されるのが嫌。
不知で損をするのが嫌。
困っているときに助けて欲しい。
周りに迷惑を掛けたくない。
・
・
・
のか?

そうか・・・その通りなのかも知れない。

私は知らずに自分がして欲しいことをしていたのか・・・

老人は、唖然としている私に向かってニコニコしながら、
「それで良い・・・」
と優しくゆっくりと言うと、
最後に「カッカッカッ・・・」と一笑してくれた。

不思議なものだ。

ついさっきは少しむっとした高笑いであったのに、
今はこの高笑いがとても心地良く感じられる。

むしろ、肯定されたという安心感に包まれた感じだ。

私は、大きく息を吐き、
そして、何気なく空を見上げた。

空は雲ひとつない晴天である。

実に清々しい、今の気分にぴったりだ。

すると突然、
「お父さん、行くよ。」と娘の声がしたかと思うと、
急に手を引かれて前へと進む。

はっ!として周囲を見渡すと、
私は、楼門の手前まで来ていた。

そうか・・・私は神社へ参拝に来ていたのだ。

それじゃあ、さっきの老人は何だ?

夢? 幻? 妄想?

それとも、酒酔い?

いや、今年は未だ一滴もお酒は飲んでいない。

気になってあの老人が立って居たと思われる場所を振り返って見る。

するとそこには、
しめ縄が巻かれた大きなケヤキの木が立っていた。

んっ?

もしかして、あの大きなケヤキの木は御神木・・・

と言うことは、あの老人は神様なのか・・・

えっ、えぇ〜、
私は神様に出会っていたのか???

まさか・・・

いやっ、そうだ。 そうに違いない。

そう思うことにしよう。

今年は元旦から縁起が良い。

きっと今年は、明るい良い一年になるであろう。

そして、今でも私の耳には、
「カッカッカッ・・・」という
あの老人の高笑いがはっきりと残っている。

あれ以来、この高笑いを思い出すと、
不思議と勇気付けられるのだ。

フッ、フッ、フッ・・・

ところで、 諸君は何者かね? 何をしているのかね?

是非、考えてくれたまえ。

きっとそれは、
諸君が自らして欲しいと願っていることであると思う。

もし、そうであるのなら、
「それで良い・・・」はずだ。

逆に、して欲しいと願っていることと違っていたのなら、
諸君は今の自分を窮屈に感じているのでは?

自分に素直に生きようではないか・・・

そうそう、このコラムを読んでいた諸君の中には、
「カッカッカッ・・・」という
あの老人の高笑いが聞こえた者もいるのではないかね?

その諸君は、
きっと、神様に出会ったのだよ。

そうだ。 そうに違いない。

そう思うことにしたまえ。

ということは諸君にとっても、
きっと今年は、明るい良い一年になるであろう。

フッ、フッ、フッ・・・

(日常評論家 中場満)