【音でつづるマイストーリー / バックナンバー】

 

第一回『となりまちのおんなのこ』

text= SHINOBU AMAYAKE
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「私は音楽家だ!だから音楽で表現するのだ!」

・・・と叫んで開始します。新シリーズです。
自分の作ったもの、人の作った感動したもの、を織り交ぜて、
時に逆戻りしながらマイストーリーを現していきたいと思います。

第一回は6才(もしかしたら7才)の時に初めて作った自作曲、『となりまちのおんなのこ』です。


nexttowngirl.mp3 をクリックして下さい)


実は左手の伴奏パートもあったのですが、はっきり覚えていません。(汗)
(多分実家に完全な譜面があるはずなのですが・・・)
近所の公園で一人で遊んでいた時に、その日だけたまたまその公園に来ていた少し離れた地域の名前も知らない女の子。
その子のことをどうしても曲にしたくなりました。
曲の作り方も成り立ちも知らない、まだたいした音楽的知識もない時の作品です。
誰かに「褒めて欲しい」ということでもなく、純粋に「曲を作りたかった」最初で最後かも知れない曲です。

今にして思えば・・・・・今だと絶対作れない曲。
バロック以前の古楽の香りがプンプンするのですが、その時代の音楽を勉強した覚えも全くなく・・・
変拍子で、このノスタルジックな感じのする曲を、自分は一体どうやって作ったのか????
楽曲のルールも何も知らないはずなのに・・・自分で全くわかりません。
この後自分を伸ばしてきたと思い込んでましたが、もしかしたらある意味封印してきたのかも知れない。
天宅しのぶ、音楽表現のルーツであります。

この曲に今の私が伴奏をつけてみました。

nexttowngirl2.mp3 をクリックして下さい)

・・・・・(-_-;)。。。
我ながら、面白くない・・・伴奏がメロディの存在感に完全に負けてます。
その後の知識で自分がつまらなくなってしまってるように感じます。
いや、勉強の仕方が足りないのか???

本邦初公開(本当にその当時の音楽教室の先生ただ一人にしか発表したことがない)、初めての自作曲でした。

自分で当時の自分を深読みしても適切でないように思います。

このシリーズでは、ただその時々の作品や感動したものたちを、なるべくその時のまま、自分勝手に出していきまーす。
よろしくお願いします。m(__)m


文/天宅しのぶ(あまやけ・しのぶ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【音でつづるマイストーリー】

第ニ回『へなちょこブギ』

text= SHINOBU AMAYAKE
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「へなちょこブギ」
(注:boogie.mp3にリンクして下さい)

前回の「となりまちのおんなのこ」に次ぐ自作曲第2弾。
同時期なので6歳か7歳の時の作品で、その名も「へなちょこブギ」

まったくでたらめです。(笑)
「ブギ」というのは音楽の様式の一つですが、この「へなちょこブギ」は「ブギ」の
様式にかすりもしません。
「ブギ」がどういうものか何もわかっていないまま、つけたタイトルです。
たぶん・・・「ブギ」という響きが使いたかったのでしょう。
そして、何か、おそらく「ブギ」と名のつく音楽を聞いて、こんな要素を感じ取った
のでしょう。

「たのしげ」「軽快」「ダンサブル」

残念ながら音楽的な様式の要素ではなくて、雰囲気?だけをキャッチしたのかと。

そして「へなちょこ」ってなんなの?自分でもわかりません。
これもきっと覚え立ての言葉で韻がおもしろかったんでしょう。


それから・・・多分当時覚え立ての音楽の形式、専門的には「ドッペルドミナント」
というのですが、属調(X度)転調にドミナント7のドミナント7を使う(あー、す
みません!ますますワケわからないですね。説明不能なので、曲作りのイロハのイく
らいに思って下さい。)やり方を使ってみたかったんでしょう。
更に、T度(トニック)でなくX度7(ドミナント7)から始まる曲、というのも、
自分では新鮮でやってみたかったんだと思います。

ウンチクはともかく、生涯第2作目「へなちょこブギ」でした。


文/天宅しのぶ(あまやけ・しのぶ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【音でつづるマイストーリー】

第三回「メヌエット」(アダム・クリーガー)

text= SHINOBU AMAYAKE
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menuet.mp3

今回は自作曲ではありません。バロック時代のクリーガーの有名なメヌエットです。
ピアノを習っていたことがあればご存知の方も多いかと思います。
小学生時代にはレッスンで随分作曲したはずですが、
宿題として作ったものにはもう、あまり印象に残ったものがありません。
この曲は、幼少の頃、おそらくTVから流れる流行歌以外で最初に強く心に残った曲で
す。

幼稚園か、小学校にあがってすぐぐらいだったと思います。
昼ドラの「ポーラ愛の劇場」のテーマソングがそっくりで、当時面白がってよく弾い
てました。
(完全に頭四小節同じ、いいのかなぁ??)

この曲、このバランス!!完璧です。
低音と高音のメロディの動き、広がりと収縮、流れと調和、完璧に美しい!
この曲はたった二声の音の動きだけで、和声(和音の伴奏)はありません。
でも二音の間には実はちゃんと和声が存在していて、それは、鳴らしてしまうよりも
鳴らさない方が、よりその存在感が顕れるのですよ。

低音パートを通奏低音として、潜在している和声を鳴らすとどうなるか、

menuet2.mp3

・・・、これじゃぁなんだか「げんなり」なんです。実音が鳴りすぎ。。。
これら内声の音は、「聞く」のでなく「感じ」たい。

無駄のない必要最小限の音は、鳴ってない音を、実際に鳴らす以上に顕すことができ
るんですね。

足し算で作られた流行歌などとは全然違う仕業にノックアウト、であります。今もな
お、ノックアウトであります。



文/天宅しのぶ(あまやけ・しのぶ)

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【音でつづるマイストーリー】

第四回「高橋悠治/ピアニスト」

text= SHINOBU AMAYAKE
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「高橋悠治/ピアニスト」

小学生の頃、バッハのレッスンのお手本のつもりで買ってもらったレ
コードがたまたま高橋悠治さんの演奏だった。
聞いたことのないタッチ、音の粒立ちに大変なショックを受けた。
他にも「世界の巨匠」と呼ばれる人たちのレコードも色々買ってもらっ
て聞いていて、周りにも当時の先生やすごく上手に見事にピアノを弾く
人は色々いたけれど、その誰ともほど遠いタッチだった。
当時、何がどうなってるのかまったくわからなかった。
一つ一つの音の存在が必然に聞こえた。

幼い私は「バッハはこう弾くものなのかな?だとすると全然わからな
い・・・」と思った。
後に高橋悠治さんというピアニストはバッハ以外でもそういう弾き方を
する人なのだ、と、知るのだけど。

ピアノの鍵盤88鍵全てを分け隔てなく、大切に弾く。
10本の指全て分け隔てなく丁寧に弾く。
(これらは人体の仕組み上、実に難しい!)
曲への敬愛、楽器への敬愛を強く感じる。
多くの表現者は、ともすればその方法を通して「自分自身」を表現しよ
うとする。
それはそれで間違っていないし素晴らしいこともよくあるけれど、自己
愛にうんざりすることも少なくない。

彼の演奏からは「曲の素晴らしさ」「ピアノの素晴らしさ」を表現しよ
うとしているように感じる。
そしてその解釈、方法に「自分自身」が現され、結果として大変個性的
な演奏になる。(のだと思う)

先週までしばらく北欧に行っていた。
ノルウェーのフィヨルドを眺めながら、iPodで高橋悠治さんの
「水の反映/ドビュッシー」を聞く。
粒立ちのいい丁寧なドビュッシーが、フィヨルドの静かなさざ波に反射
する光とゾッとするほど重なり合った。
「水の反映」がどんな曲だったのか、改めて思い知った。昔の自分の雑
な演奏が恥ずかしい。
(意外に思われるかも知れませんが、実は仕事以外で音楽を聞くことは
ほとんどありません。旅先でもごく希です。この時は無性に聞きたくな
りました。フィヨルドが音を呼んだように思います。)

これだけ言っておきながら、実はまだ高橋悠治さんの演奏を生で聞いた
ことがない。(汗)
録音物と、TVの特集などでの映像のみ、だ。
もう随分ご高齢になられたけれど、今もコンサート活動をなさっている。
スケジュールを調べて、是非近日中に高橋悠治さんの生音に触れたいと思う。

今から次回の予告をしておこうと思う。今回からの流れもあるので・・・

次回は「グレン・グールド/ピアニスト」について書きたいと思っている。
グレン・グールドがもし現代にいたら、というテーマで書いてみたい。



文/天宅しのぶ(あまやけ・しのぶ)

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【音でつづるマイストーリー】

第5回「グレン・グールドがもし現代にいたら」

text= SHINOBU AMAYAKE
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「グレン・グールドがもし現代にいたら」



かつてグレン・グールドという偉大なピアニストがいました。
ずば抜けた音楽性で、ピアニストとしての評価も大変高く、一世を風靡
しました。
独自の解釈、個性的な演奏は、他のピアニストと一線を画していました。
また、父親の手作りの低い椅子に斜めに座り、鍵盤に這いつくばるよう
に弾くフォームもたいそう個性的でした。
(それについてはアカデミックな人たちにとってはたいそう都合の悪い
もので、日本でピアノを習いに行くとたいてい、肘は90度、背中
は真っ直ぐ、手は卵をつかむように、と教えられます。先生はグールド
の真似をされてはたまらないでしょうけど、日本で指導されてる正しい
フォームって、じゃぁ一体なんなんでしょうね?)

グールドの演奏は、テンポが遅くてとまってしまいそうなBachの
ゴルトベルグ協奏曲、鬼のようにテンポの速いBeethovenのソナ
タ、などが代表的ですが、彼は世の中に惜しまれながらもたった
31才でコンサート活動をやめてしまいます。「演奏の一回性」に疑問を
呈し、です。

その後彼はスタジオにこもってひたすら録音活動をしました。
何テイクも何テイクも、納得がいくまで録音し、それらの気に入った箇
所をつなげて編集まで自身でやったそうです。
そうやって作られた録音物は、いつ何回聞き返しても、高いクオリティ
を再現できます。
彼は「録音」を、よりよい音楽のための正当な芸術的行為としていまし
た。
そうやって奇蹟の芸術品「ゴルトベルグ協奏曲」などが生まれたのです。

もし、今、グレン・グールドが現代にいたら・・・・

今の音楽制作業界では、どの音をいつどのようなタイミングで鳴らす
か、などは常人が思いも寄らないほど細かくコンピューターからコント
ロールすることができます。
音程はもちろん音量、タイミングなども、調整する人自身の神経の分解
能まで表現することが可能です。
そして「音色」についても、欲しい音色の数だけサンプリングして鳴ら
すことが可能です。
グールドだったら多分、自身のスタインウェイから88鍵すべてに
ついて、気が遠くなるほどの音色をサンプリングするでしょう。
(今私が使ってるピアノの音色は、鍵盤1つあたり確か13段階く
らいだったかと。グールドなら30段階は聞き分け、弾き分けてサ
ンプリングするんじゃないでしょうか。)

そして、楽曲の音すべてに対して、音程、音色、強弱、タイミング、を
1音1音細にわたって調整する、という気の遠くなる作業を、嬉々
としてやるでしょう。
彼の中でイメージされる音楽には「完成体」があって、生演奏ではどれ
だけ頑張っても彼の中の「完成体」から遠くなりがちになることが嫌
だったろうと思います。
(もちろん彼にしかわからない次元のことですが。)
録音という作業により、より完成体に近づけることが出来たに違いない
でしょうが、おそらくそれでもまだ妥協やジレンマがあったのではない
かと思います。

今だったら・・・録音の1テイク毎の演奏の善し悪しに振り回されるこ
となく、1音1音コントロール可能なのです。
それらは何度もリプレイしながら納得するまで微調整が可能なのです。

もし、今、グレン・グールドが現代にいたら・・・・

あの「ゴルトベルグ協奏曲」も、彼の頭の中での完成体そのものの音で
聴くことが出来るに違いありません。
是非聴いてみたいものです。



文/天宅しのぶ(あまやけ・しのぶ)

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